あなたの代わりはどこにもいない

しばらく、日本で感じた外から見た日本シリーズでブログを書きたいと思っていましたが、

なぜかどうしてもこのメッセージが頭から離れないので、書いてみます。う~んうまく書けるかな・・・。

 

「あなたの代わりはどこにもいない」

「出来るひとが出来るときに出来ることをしたら良い」

 

時々、「子供にとって私(母親)の代わりはいないけれど、会社にとったら私の代わりは沢山いるわ」という会話を耳にします。

そういう私も、同じことを言った事確かにあります。

母親に限らずですね。

 

でもね、あなたの代わりはどこを探してもいないのです。そしてたぶん私の代わりもいないのです。

 

「でもでも、私がいなくたって会社は、社会はちゃんと動いているわ!」

って、思われた方もいると思います。

確かに、私やあなたがそこに居ても居なくても、会社も社会も動いているんです。

その理由は、ただ単に私たちには時間を止められないからです。

 

時間というものはみんなに平等に、進んで行きます。

時が遅く感じる早く感じるということはあるものの、時間そのものは同じように進んでいるのです。

その時間のおかげで、私たちの秩序は保たれ、いろんな混乱から免れているわけですね。

 

もし、あなたの時間と私の時間の進む速度が違ったり、

突然、時間を逆行できたり、スキップできたら・・・楽しそうな気もするけれど、すごくカオスになりそうです。

 

時間は平等に進むなら、私やあなたがその場に居なくてもやっぱり時は過ぎていく。

その間、会社や社会も進んでいく。その穴を空けないために、代わりとなった方がそのお仕事をしてくださる。

 

だけれどそれは、誰かにとって、物事にとって、あなたの代わりがいると言うことではないのです。

 

あなたがするお仕事と、代わりの方がしてくれるお仕事、内容は同じでも

プロセス、その場に一緒にいる気持ち、エネルギー、そういうものは全く違うものなんです。

それは人と人だけに限らず、物事と人との関係でも然りです。

あなたが発するエネルギー、言葉、アトモスフェアはあなたしか出せません。

あなたとほかの人や出来事、物事との間に生まれるエネルギー、空間もあなたとの間にしか生まれません。

だから、あなたの代わりはどこにもいない。

Workとは結果だけではありません。その間のプロセスも、エネルギーもすべて含まれているもののはずなのです。

 

もし、何かに躓いてしまったとき、何か自分の思いとは別に止まらなくてはならなくなったとき

 

「私の代わりなんてどこにでもいるわ」、なんて思わないでね。

 

その時、(あなたの代わりをしてくれる)出来るひとが、出来るときに、出来ることをしてもらったらいいのです。

 

必ず、あなたが誰かの(代わりの)出来るひとになるときがくる。

あなたが誰かの(代わりに)出来るときにその場にいるときがくる。

そしてその時はあなたが誰かの(代わりに)出来ることをお返ししたら良い。そう思います。

 

誰に向けてのメッセージかわかりませんが、どうしても書かなくてはならないと思ったので書いてみました。

このメッセージが必要だった方に、届きますように。