五感のシャットダウン 番外編

みなさん 突然ですが、メディテーションとかされますか?

されている方って、どのようにされていますか?

 

メディテーションって簡単なのか、簡単じゃないのか…

ちょっとわかりませんよね?

 

って、まさか私だけがそう思っているわけではないですよね?ね???

 

これが正しいメディテーションの仕方とは言えないかもしれないけれど、

私が子供の頃からメディテーションとは思わずしていた小技を今日はご紹介してみます。

 

 

それは五感のシャットダウン。

 

どういうことかというと、五感ー視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を意識的にシャットダウンするのです。

視覚はまあ目を閉じることによって、意識的にシャットダウン可能。

味覚も何も食べないことで、意識的にシャットダウン可能です。

触覚は何にも触れない。

聴覚はできるだけ静かな場所に行く。

嗅覚も自分の部屋にこもれば、新たな香りが入ってこないでクリア。

 

これにより、私はすべての感覚を無にできるのです!!!

 

できるのです!!

 

できるのです!

 

できるの・・・・です。

 

・・・・・・

 

なんてことあるかーい!

無理無理無理無理、絶対無理。

 

目を閉じて、外の世界の視界を遮ったはずなのに、いろいろな色が見えてきたり、映像が見えたり。

普段だったら気にならない、時計の音が気になり、外を走る車の音、鳥の声、だれかのくしゃみの音。

それこそ普段だったら何とも思わない、Tシャツの肌触り、ズボンのボタン、挙句の果てには靴下のゴムまでしっかり肌に伝わってくる。

柔軟剤の香り、窓は閉まっているのに、雨に濡れたアスファルトのにおいまでしっかり匂う。

昨日食べたお好み焼きの味や、さっきまで噛んでいたガムの味。口に入れていないのに、今はしっかりわかる。

 

子供の頃は、すごくお得!と思って楽しんでいました。

お金も、場所も、時間も関係ない。

見ない、聞かない、触れない、嗅がない、食べないと思ってそれに集中すればするほど、

それを味わえる。

もう面白くって、不思議で、寝る前とか、つまらなく長ーい学校の朝礼の時間に一人試していました。

(皆さんはちゃんと朝礼聞くように!)

 

これって、五感をシャットダウンしているはずなのに、なんか逆に五感が研ぎ澄まされていない?

 

そんなの偽りの五感の研ぎ澄まされ方だよって思わなくもないけれど、

ダメダメと思うと、逆に体が反応するのは、面白いと思っちゃうのだけどなぁ。

 

だけどね、こんな偽りの五感の研ぎ澄ましでも楽しんでやっていると、

ある時、本当に無の中に入る瞬間があるのです。

何も見えない、何も聞こえない、何も感じない、においも味も何もしない。

何にもない空間にふと入り込む瞬間があるのです。

その時は重力も何もなく、自分がどこかに浮いている感じ。

宇宙のどこかに浮いているというのか、母親の羊水の中に浮いているというのか。

思考も止まるなんとも言えない瞬間が訪れる時があるのです。

毎回、その空間に入ることはできないのだけれど、この瞬間はただ守られている存在。

 

そんな時間って、きっと1分もないのだと思います。朝礼中にしているくらいだから、30秒くらいかもしれない。

それでも、その瞬間は永遠のように感じる不思議な体験。

 

子供の時は、無の瞬間に行くことが目的ではなく、その前の色々感じることが楽しくてやっていたので

無の瞬間に行かれなくても、なんとも思わなかったけれど、

それでもその無の瞬間が特別な瞬間だ、「すごい世界だな」とは思っていたのですよね。

 

私たちの体や意識って、なかなかコントロールできないし、ちょっとひねくれたところを持っているけれど、

だったら、そのひねくれを思う存分使ってしまえばいいのかもしれないですね。

 

そして、何度でも何度でも言います。

子供の頃の私ができたように、

楽しむことが最大の鍵なのだと。

ゴールにたどり着くまでの過程をいかに楽しめるかが、ゴールにたどり着くポイントになるのではないかな。

 

あなたにもそんな無の空間に入り込む瞬間ってありますか?

良かったら聞かせてください、そしてみんなにシェアーしてあげてくださいね。

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コメント: 1
  • #1

    YJL (日曜日, 05 3月 2023 14:52)

    子供の頃にそんなすごいことをNOZOMIさんはされていたなんて、絶句です。
    シェアできるものが、、したくても、、無いです泣。